弘道会のルーツは、三代目山口組時代に名古屋進出を果たした「中島組」傘下の「導友会」および「司興業」に遡ります。1984年、司忍が中心となってこれらを統合し、山口組初代組長・山口春吉の「弘」の字を取り「弘道会」を結成しました。
結成直後の1980年代半ば、山口組と一和会による激しい対立抗争(山一抗争)において、弘道会は武闘派としての存在感を全国に誇示。名古屋の利権を完全に掌握するとともに、中部国際空港の建設利権など大規模な経済活動にも進出しました。
バブル崩壊後も独自のシノギ(資金獲得活動)を確立し、関西発祥の山口組において異例のスピードで東日本や首都圏への進出を果たしていきました。