猿沢池の歴史は非常に古く、その起源は奈良時代(天平21年/749年頃)にまで遡ります。興福寺で行われる仏教儀式「放生会(ほうじょうえ:捕らえた魚や鳥を逃がして功徳を積む儀式)」のための人工池として開削されたのが始まりとされています。
寺院の境内地に隣接する宗教的な空間でありながら、時代が下るにつれて町衆や文人墨客が集う憩いの場へと変化していきました。江戸時代には池の周囲に柳が植えられ、「猿沢池の柳」として大和名所図会などにも描かれる景勝地として定着。現在も、三条通りとならまち、そして奈良公園の各エリアを結ぶクロスポイントとして、観光客と地元住民が自然に行き交う重要なランドマークとなっています。