病気の母を支えるために活版印刷所で働き、同級生からの心ないからかいに耐えるジョバンニ。彼の孤独は、当時の東北の寒村における過酷な貧困と宮沢賢治自身の苦悩をそのまま反映している。対照的に裕福で人気者のカムパネルラは、川で溺れかけた友人ザネリを救うために命を落とした。
自己犠牲は美徳なのか。それとも残された者への残酷な傷痕なのか。作中で幾度となく繰り返される「ほんとうのさいわい」というフレーズは、甘美な理想論ではない。蠍(さそり)の火のエピソードが象徴するように、他者のために己の身を焼く覚悟を持った者だけが、永遠の暗闇を照らす光になり得るという過酷な命題を提示している。
サザンクロス(南十字星)で他の乗客が次々と降り立ち、信仰の安らぎへと向かうなか、ジョバンニとカムパネルラはさらにその先にある「本当の天上」を目指そうとする。しかし、カムパネルラは黒い穴(石炭袋)の前で忽然と姿を消す。ジョバンニが手にした「どこまでも行ける切符」は、現世に戻り、悲痛を抱えながら生き抜くためのパスポートだった。