物語の展開があまりに鮮烈であったがゆえに、連載当時からネット掲示板やSNSでは「実は生きているのではないか」「蝶屋敷で極秘裏に治療を受けている」といった煉獄杏寿郎の生存説が度々囁かれました。しかし、結論から言えばその真相は完全な誤りであり、公式な設定として彼はあの地で命を落としています。
なぜ作劇上、彼が生き残る道はあり得なかったのか。それは『鬼滅の刃』という作品が持つ「命の不可逆性」というテーマに直結しています。安易な復活や奇跡を排し、託された意志が次の世代へと継承されることこそが本作の背骨です。杏寿郎の死という痛烈な喪失があったからこそ、炭治郎、善逸、伊之助の3人は自身の無力さを噛み締め、後の遊郭編、刀鍛冶の里編、そして無限城編での飛躍的な成長を遂げることができました。
また、ネット上では「序盤で退場したため、他の柱に比べて弱いのではないか」といういわゆる柱の序列・強さに関する誤解もしばしば見受けられます。しかし、これは明確な誤謬です。無限列車編の時点において、杏寿郎は以下の極めて不利な条件下で戦っていました。
- 身体能力を飛躍させる「痣(あざ)」を発現していない完全な生身の状態であったこと
- 敵の動きを予見する「透き通る世界」や「赫刀(かくとう)」の恩恵を一切得ていなかったこと
- 上弦の参と対峙する前に、列車内の乗客を守るため広範囲に呼吸の技を連発し、体力を消耗していたこと
これほどのハンディキャップを背負いながら、上弦の参である猗窩座と単独で互角の肉弾戦を繰り広げ、日の出の直前には猗窩座を拘束して自力脱出を不可能にしかけた戦闘能力は、全柱の中でも屈指の領域に位置していたと評価するのが客観的かつ妥当な分析です。