名古屋城南に佇む愛知県護国神社を総力取材!歴史の真相と参拝の極意

名古屋城南に佇む愛知県護国神社を総力取材!歴史の真相と参拝の極意

名古屋城南に佇む愛知県護国神社を総力取材!歴史の真相と参拝の極意の基本情報から最新動向までを一挙に解説しました。

神社の深奥に迫るうえで欠かせないのが、愛知縣護國神社の由緒と幾多の苦難を乗り越えてきた歴史と経緯です。

神社の起源は、明治維新の激動期であった明治2年(1869年)に遡ります。尾張藩第14代藩主であった徳川慶勝公が、戊辰戦争で命を落とした藩士ら25名の英霊を弔うため、名古屋市北区元志賀町に「旌忠社(せいちゅうしゃ)」を創建したことがすべての始まりでした。

その後、明治34年(1901年)に官祭招魂社となり、昭和10年(1935年)に名古屋城南の現在地である三の丸へと遷座。昭和14年(1939年)の制度改革に伴い「愛知縣護國神社」と改称され、内務大臣指定護国神社となりました。

現在の祭神は、戊辰戦争をはじめ、西南の役、日清・日露戦争、そして第一次・第二次世界大戦に至る国難に際し、尊い命を捧げられた愛知県ゆかりの戦没者・殉難者9万3千余柱です。昭和20年(1945年)の名古屋大空襲によって壮麗な社殿は灰燼に帰しましたが、県民の篤い崇敬と復興への尽力により、昭和33年(1958年)に現在の本殿・拝殿が見事に再建され、今に至ります。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。