引き寄せ信奉者の間で頻繁に語られるのが「脳科学と量子力学によって引き寄せの法則は科学的に証明された」という言説です。しかし、科学ジャーナリズムの観点から両者を精査すると、明確な境界線が存在します。
まず、脳科学の視点における引き寄せは、極めて確固たる基盤を持っています。鍵を握るのは、脳幹に位置する神経ネットワーク「脳幹網様体賦活系(RAS:Reticular Activating System)」です。人間の脳は毎秒数十万ビットもの膨大な感覚情報に晒されていますが、意識に上るのはわずか数十ビット程度に絞り込まれます。この選別ゲートを司るのがRASです。「車を買おう」と決めた途端に街中でその車種ばかりが目に留まる(カラーバス効果)のと同様に、脳内で強く意図したテーマに対して、RASは無意識のうちに関連情報を優先的に拾い上げます。これが「偶然のチャンスが舞い込んできた」と錯覚されるメカニズムです。
さらに、人間の行動の9割以上を司る潜在意識(無意識領域の自動処理プログラム)が、自己対話によって再設定されることで、日常の立ち居振る舞いや判断が無意識レベルで変化します。心理学でいう「予言の自己成就」が脳内で物理的に起きているわけです。
対照的に、量子力学の視点を用いた言説には重大な飛躍が含まれます。量子力学の「二重スリット実験」において、観測の有無によって素粒子の挙動が波から粒子へと収縮する「観測問題」は事実です。しかし、物理学における「観測」とは測定機器との相互作用を指し、人間の意識が念じることではありません。さらに、微小な素粒子レベルの量子効果は、常温・マクロな環境下では極めて短時間(10のマイナス数十秒)で破壊される「量子デコヒーレンス」を起こします。人間の思考の波が直接紙幣を出現させたり、特定の異性を引き寄せたりするという主張は、主流の物理学会からは「疑似科学(クォンタム・ミスティシズム)」として明確に退けられています。