彼の原点を語る上で外せないのが、高校野球界の最高峰である大阪桐蔭高等学校での日々だ。入学当初は遊撃手として高い身体能力を発揮していたが、チーム事情と本人の高い適性を見抜いた指導陣によって捕手へと転向。この決断が、彼の野球人生を大きく変えることになる。
コンバート直後から圧倒的な強肩と類まれなキャッチングセンスを発揮。捕手としての経験値が浅いにもかかわらず、投手陣を巧みにリードし、名門の絶対的司令塔として君臨した。高校通算38本塁打を記録した打力はもちろん、野手出身ならではのフットワークの軽さと走力は、従来のキャッチャー像を打ち破る衝撃を球界に与えた。