大本教をめぐる最大の関心事の一つが、出口王仁三郎による「驚異の予言」です。王仁三郎は、第一次世界大戦の勃発やロシア革命、1923年の関東大震災、さらには太平洋戦争における日本の敗戦と東京の大空襲、広島・長崎への原爆投下を想起させる「火の雨」の情景を、事前に歌や談話、著作の中で克明に描写していたと伝えられます。
当時の信徒や記者が書き残した一次記録によると、王仁三郎は戦時中、周囲が日本の勝利に湧き立つ中で「日本は負ける。焼け野原になるぞ」「空から火が降って東京も大阪も全滅や」と公然と漏らし、信徒たちに対策を促していました。また、後年の科学技術についても「いずれ平たい板のような機械で世界中の人間と顔を見ながら話ができるようになる(スマートフォンの予見)」と語っていた記録が存在します。宗教学的には、これらは王仁三郎の並外れた世界情勢の洞察力、地政学的センス、そして豊かな詩的直感が融合した表現であると分析されていますが、当時の人々にとってはまさに「神憑りの預言者」そのものでした。
さらに見逃せないのは、大本教が昭和以降の日本の精神世界・新宗教ネットワークの「母体」となった事実です。
- 生長の家(谷口雅春):創始者の谷口雅春は大本教の専従職員として機関誌の編集に深く携わり、大本の心身医学的アプローチや神道思想から強い影響を受けて独立・開教しました。
- 世界救世教(岡田茂吉):創始者の岡田茂吉も大本教の熱心な幹部信徒であり、大本の「手かざし(浄霊)」や自然農法の思想を継承・昇華させて教団を立ち上げました。
- 日月神示(岡本天明):王仁三郎らと親交の深かった神道家・画家の岡本天明が1944年に自動書記によって降ろしたとされる『日月神示(ひふみ神示)』は、大本のお筆先の文体・思想的枠組みを極めて色濃く受け継いでいます。
- 合気道(植芝盛平):合気道の開祖・植芝盛平は王仁三郎に深く帰依し、1924年の王仁三郎によるモンゴル・満州入り(パヤオタ事件)に武術警護として同行。大本の精神性を取り入れることで、従来の柔術を「戦わない平和の武道・合気道」へと昇華させました。
このように、大本教の遺伝子は教団の枠を大きく超え、日本の新宗教、精神世界(スピリチュアリティ)、武道、有機農業運動に決定的な影響を与え続けています。