二人の関係性を語る上で決して外せない金字塔が、2007年に上演されたアルベール・カミュ原作の舞台『カリギュラ』だ。小栗が演じたのは、絶対的な自由と不可能性を追い求めて狂気と暴虐に堕ちていく若きローマ皇帝。身体的にも精神的にも役者を極限まで追い込む難役中の難役である。
稽古は難航を極めた。膨大な台詞量と哲学的命題、そしてカリギュラという怪物の狂気をどう体現するか。蜷川の要求は日増しに苛烈さを増し、小栗は声を枯らし、極度のプレッシャーから精神的に追いつめられていった。食事も喉を通らず、ただ戯曲の亡霊と格闘する日々が続いた。
転機はある日の通し稽古で訪れた。蜷川の厳しいダメ出しに対し、極限状態にあった小栗の感情が決壊した。理性をかなぐり捨て、自暴自棄すれすれのエネルギーで放った剥き出しの叫び。その瞬間、稽古場の空気が凍りつき、次の瞬間、蜷川の顔に歓喜の笑みが浮かんだ。「それだ、旬!」。
計算や打算を捨て去り、己の弱さも絶望もすべて舞台上に投げ出した瞬間、小栗旬は「カリギュラ」そのものへと変貌を遂げた。初日の幕が上がると、そこにはかつてのトレンディ俳優の面影はなく、観客を恐怖と陶酔で圧倒する若き怪物が立っていた。