二郎が建設省事務次官時代に推し進めた仕事は、日本の道路網・国土保全の基盤を作ったと言っても過言ではない。高度経済成長期の日本において、地方と都市を結ぶ交通網の整備は急務だった。二郎は派手なパフォーマンスを一切嫌い、淡々と実務を完遂する実効型の官僚だった。
鳥取県知事に転身後も、鳥取県庁を中心に県内の道路整備や治水事業を強力に推進。「道路の石破」と呼ばれるほどの着実な成果を上げた。無駄な利権構造を排除し、真に必要な事業へ予算を配分するフェアな手法は、当時の自治省や財務官僚の間でも語り草になっている。目立たないが国家の土台を作る——この精神が、後に息子の政策思考へ色濃く受け継がれることとなった。