多くの家庭でカレイの煮付けが失敗する最大の要因は、「煮魚」と「根菜の煮物」を同じ感覚で調理してしまうことにあります。大根やごぼうなどの根菜類は、細胞壁を破壊して内部まで味を浸透させるために弱火でコトコトと長時間煮る必要があります。しかし、魚の筋肉組織はまったく異なる構造を持っています。
魚肉のタンパク質(主にミオシンやアクチン)は、50℃〜60℃付近から凝固が始まり、65℃を超えると急激に収縮して内部の水分(エキス分)を外へ絞り出します。弱火で20分も30分も煮汁の中で加熱し続けると、水分が抜け切ってしまい、繊維だけが残ったパサパサの食感になってしまいます。「長く煮れば味が染みる」というのは魚料理における最大の誤解です。
また、淡白な白身魚であるカレイは、身の芯まで塩分を染み込ませる料理ではありません。身そのもののふっくらとしたジューシーさを保ちつつ、表面に凝縮された旨味のある煮汁をとろりと絡めて口に運ぶのが、日本料理における煮魚の真髄です。加熱時間は切り身であれば8〜10分、厚みのある子持ちカレイでも12〜15分以内に留めることが、劇的な美味しさを生む絶対条件となります。