婚姻は無効となり、遺産相続の道も断たれた細木数子でしたが、彼女はこの騒動を通じて手に入れた「最大の無形資産」を余すところなく活用しました。それこそが、安岡正篤から吸収した東洋思想・人間学の知見と、政財界に轟く「安岡」の圧倒的なブランド価値です。
1980年代半ばから、細木は四柱推命や易学、算命学に安岡流の人生訓や先祖供養の論理を融合させた独自理論「六星占術」を発表します。1985年に刊行された『運命を見る技術』をはじめとする著書は爆発的なベストセラーとなり、細木は一躍、日本中を席巻するカリスマ占い師へと駆け上がりました。
自著や当時のインタビューにおいて、細木はしばしば「安岡先生の最後の教えを受け継いだ」というニュアンスを強調しました。法的な婚姻関係は否定されたものの、「東洋思想の最高峰に最も愛された弟子であり理解者」というパブリックイメージを巧妙に構築したのです。銀座の元クラブママから、国家指導者を導くレベルの「大鑑定士」へという劇的な転身の土台には、間違いなく安岡正篤との濃密な関係が存在していました。