なぜ神戸山口組はここまで追い詰められたのか。その根源は2015年の分裂劇の動機と、その後の抗争方針のズレにあります。
当時の分裂理由は、六代目山口組(司忍組長、髙山清司若頭)の名古屋・弘道会を中心とする組織運営への不満、高額な会費(上納金)負担、そして厳しい統制への反発でした。「山健組のプライド」と「脱・弘道会支配」を掲げた旗揚げは、当初は多くの二次団体・組員の共感を呼び、一時は六代目山口組と拮抗する勢力を築きました。
決定的な転換点となったのは、2017年の織田絆誠らによる「任侠山口組(現・絆會)」の再分裂と、2020年から2021年にかけて起きた「五代目山健組(中田浩司組長)」の離脱および六代目山口組への復帰でした。神戸山口組の兵力・資金力の屋台骨であった山健組本体が去ったことで、組織の求心力は決定的に崩壊しました。