遷都された1923年当時、アンカラの人口はわずか3万人前後の寂れた地方都市に過ぎませんでした。街には近代的な宿泊施設はおろか電灯や上下水道すら整っておらず、各国から赴任してきた外交官たちは「なぜこのような何もない荒野に大使館を構えねばならないのか」と不満を漏らしたという手記が残されています。ドイツの著名な都市計画家ヘルマン・ヤンセンらを招聘し、国家の威信をかけてゼロから建設されたのが現在のアンカラです。
トルコ統計局(TÜİK)の公式データによると、現在のアンカラの人口は約580万人に達し、国内第2位の堂々たる近代メガシティへと成長を遂げました。実際に現地を訪れた旅行者や駐在員、SNSコミュニティの検証を行うと、観光都市イスタンブールとはまったく異なる実像が見えてきます。
「イスタンブールでは観光地を一歩歩くたびに激しい客引きやぼったくりタクシーに警戒しなければならなかったが、アンカラはまったく違う。中心街のクズライ広場やチュナンカヤ地区を歩いても、市民は観光客に過度に干渉せず、落ち着いていて治安も非常に良好」という声が現地駐在員や留学生のレポートで一致して見られます。アンカラには中東工科大学(ODTÜ)やビルケント大学などトルコ屈指のエリート大学が集中しており、学生や官公庁職員、外交官コミュニティが街のベースを形成しているため、教養水準が高く治安面でも非常に安定しています。
一方で、「観光地としての派手さがない」「3日滞在すると行く場所がなくなる」といった率直な意見もネット上には散見されます。イスタンブールのような豪華絢爛な宮殿やきらびやかなバザールを期待して行くと肩透かしを食らいますが、荘厳を極めるアタテュルク廟の衛兵交代式や、旧石器時代からヒッタイトまでの至宝を収蔵したアナトリア文明博物館の圧倒的な展示内容は、歴史愛好家から絶賛を浴びています。