2015年夏のリリース当時、世間の動画クリエイターに対する認知はまだ揺籃期にありました。地上波テレビや既存メディアからは「素人の悪ふざけ動画」と揶揄される風潮も根強く残る中、なぜ兄弟はプラットフォームそのものの冠を背負った楽曲制作に踏み切ったのか。その背景には、強い覚悟と表現への渇望がありました。
当時の密着ドキュメンタリーや兄SEIKINが手記で明かした制作裏話によると、着想の原点は「YouTube公式のテーマ曲が世界中にまだ存在しないなら、自分たちの手でカルチャーを代表するアンセムを作ろう」という突拍子もない熱意だったと記録されています。音楽経験の深かったSEIKINが自宅アパートの一室でアコースティックギターを抱え、コード進行とメロディをゼロから構築。そこにHIKAKINのアイデンティティであるヒューマンビートボックスを融合させる青写真が描かれました。
そして、このプロジェクトを決定的な成功へと導いたのが、音楽プロデューサー・TeddyLoidの参加です。当時すでにクラブミュージック界やアニメ劇伴で国内外から絶大な支持を集めていたTeddyLoidの手によって、EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)の躍動感と、J-POP特有のエモーショナルなコード展開が融合。単なる「YouTuberのオフザケ企画」とは一線を画す、圧倒的な音圧と洗練されたミックスが完成しました。当時スタジオで立ち会った音楽関係者は、「妥協を許さないボーカルテイクの録り直しとTeddyLoid氏によるミリ秒単位のリズムエディットに、商業音楽のトップシーンと何ら変わらぬ気迫が漂っていた」と証言しています。