境界性パーソナリティ障害を抱える女性と接する周囲が最も強い衝撃を受けるのが、予告のない急激な態度の豹変です。数分前まで親密で穏やかだった関係が、何の前触れもなく氷点下の敵意や激しい怒りへと転じる現象は、臨床現場において「スプリッティング(白黒思考・全か無かの二者択一思考)」と呼ばれます。
健常な心理状態であれば、相手に対して「優しいところもあるが、時間にルーズな欠点もある」といった統合された全体像を保持できます。しかし、境界性パーソナリティ障害の特性を抱える当事者は、自我の基盤が脆弱であるため、他者を「100点満点の理想的な味方」か「0点以下の許しがたい敵」かのどちらか一方にしか認識できません。このスプリッティングが発動すると、わずかな行き違いひとつで、前者の「理想化」から後者の「脱価値化(こき下ろし)」へと認知が瞬時に反転します。
その根底で常に渦巻いているのが、病的なまでに強力な見捨てられ不安の症状と特徴です。厚生労働省の関連研究や精神保健福祉資料の報告でも指摘されている通り、本疾患の当事者は「相手から見捨てられるのではないか」という予感に対して極度に過敏です。仕事で返信が30分遅れた、会話中にふと視線が逸れたといった、客観的には些細な事象を「自分に対する拒絶」「愛情の消失」と脳内で破局的に解釈してしまいます。
この激しい恐怖から身を守るために現れるのが、境界性パーソナリティ障害における急な怒りの理由です。傷つけられる前に先手を打って相手を罵倒する、あるいは激昂することで相手の罪悪感を刺激し、自分の手元に引き留めようとする無意識の防衛機制が働いています。相手を傷つけたいというサディスティックな意図ではなく、「見捨てられたら死んでしまう」という生存本能に近いパニック状態が、周囲から見れば理不尽極まりない爆発的な怒りとして表出するのです。