二人の出会いは、互いが芸能界に鮮烈なデビューを飾った2001年にまで遡ります。松浦亜弥は同年4月に「ドッキドキ! LOVEメール」で歌手デビューを果たし、「あやや」の愛称で瞬く間にトップアイドルの階段を駆け上がりました。一方の橘慶太も、同年3月にw-inds.のメインボーカルとして「Forever Memories」でデビュー。当時の歌番組や音楽イベントでの共演が相次ぐなか、楽屋裏や控室での自然な挨拶をきっかけに言葉を交わすようになり、同世代ならではの共通の悩みを分かち合うなかで交際へ発展したと報じられています。
当時の芸能界において、飛ぶ鳥を落とす勢いの超人気アイドル同士の交際は極めて異例かつ困難を極めるものでした。2005年には写真週刊誌により橘慶太の自宅マンションに通う松浦亜弥の姿が報じられ、世間に大きな衝撃を与えました。しかし、双方は沈黙を守り、過熱する報道の嵐のなかでも決して関係を断ち切ることはありませんでした。
この絆をさらに強固なものにしたのが、松浦亜弥を襲った病魔でした。2009年頃から深刻な体調不良に悩まされていた彼女は、2011年8月に子宮内膜症を患っていることを公表し、芸能活動を大幅に制限して療養に入ります。激しい腹痛や体調の波に苦しみ、心身ともに過酷な状況にあった松浦亜弥を、誰よりも近くで支え続けたのが橘慶太でした。
多忙を極める音楽活動の合間を縫って身の回りのケアを行い、彼女の不安を受け止め続けた日々こそが、二人が結婚を決意した最大の要因であったと当時の芸能デスクは分析しています。単なる恋愛感情を超え、人生の苦楽を共に背負う覚悟が12年の歳月の中で完全に培われていました。
その覚悟は、結婚発表時に松浦亜弥が公式ファンクラブ等を通じて発表したコメントの言葉に凝縮されています。
「私の青春には、すべて彼がいます。悲しいこと、辛いこと、嬉しいこと、楽しいこと全部です。今までもそうであったように、今後も彼を支え、彼を支えられながら、毎日を大切に過ごしていきたいと思います」
この魂のこもったコメントは、10代から過酷なエンターテインメント業界の第一線で走り続けてきた一人の女性の偽らざる真実として、多くの人々に深い感動を与えました。