Q1:サータヴァーハナ朝とアーンドラ朝は全く同じ王朝と考えて良いのでしょうか?
A1:歴史教育上は「同一の王朝の別名」として扱って問題ありません。厳密な歴史学においては、自称である公的碑文の「サータヴァーハナ朝」が正式名称であり、「アーンドラ朝」は北インドのヒンドゥー教文献『プラーナ』による外称です。試験等で「アーンドラ朝」と出題されても、サータヴァーハナ朝と同じ事実関係を指していると判断してください。
Q2:サータヴァーハナ朝で発展した「アマラーヴァティー美術」とはどのような特徴がありますか?
A2:インド南東部アーンドラ地方のアマラーヴァティー仏塔を代表例とする美術で、2世紀頃に最盛期を迎えました。北西インドのガンダーラ美術がヘレニズム(ギリシア)の影響を色濃く残すのに対し、アマラーヴァティー美術は純インド的な躍動感あふれる肉体表現や、白緑色の石灰岩に彫られた精緻な浮彫(レリーフ)が大きな特徴です。仏陀の生涯や前世の物語(ジャータカ)が群像として生き生きと描かれています。
Q3:なぜサータヴァーハナ朝の遺跡から大量のローマ金貨が見つかるのですか?
A3:ローマ帝国側が輸入したインド産の香辛料(特に黒胡椒)や上質な木綿、真珠などの代金として、高純度のローマ金貨(アウレウス)や銀貨(デナリウス)が決済に使われたためです。ローマ皇帝アウグストゥスやティベリウス、ネロの肖像が刻まれた硬貨がデカン各地から出土しており、サータヴァーハナ朝側はこれを通貨としてだけでなく、富の蓄積やステータスシンボル、装飾品としても重宝していました。