インターネットの掲示板やSNSでは定期的に「大人からでも絶対音感が身につく教材」といった宣伝広告が散見されます。しかし、絶対音感の後天的な習得の真相を脳科学的なエビデンスから紐解くと、成人が幼少期と同じレベルの完全な絶対音感を後天的に獲得することは極めて困難であるというのが学術界のコンセンサスです。
音楽認知を専門とするカリフォルニア大学サンディエゴ校のダイアナ・ドイチュ教授らの研究によれば、脳が音の高さと言語的ラベル(音名)を直接結びつける回路を形成するには、神経可塑性がピークを迎える幼児期(2歳からおおむね6〜7歳)の音感教育がタイムリミットとされています。この臨界期を過ぎると、脳内で不要な神経シナプスを整理する刈り込み(シナプス・プルーニング)が行われ、ピッチを絶対値として記憶する受容体は急速に失われていきます。
一部の実験において、特殊な訓練や薬剤の併用で成人にピッチ記憶を定着させようとする試みも報告されていますが、それらは特定の音(例えばチューニング音のA音やC音)を想起する「高度なピッチ記憶」の域を出ず、あらゆる環境音や複雑な多音を無意識に音名化する純正の絶対音感とはメカニズムが異なります。過度な広告に惑わされて無意味な散財をする前に、大人は自分自身の認知構造に合致したアプローチを選択する姿勢が欠かせません。