息子の逮捕を受けて開かれた記者会見で、父・横山やすしはカメラの前で深々と頭を下げ、涙を流しながら「親の責任」を語りました。しかし、この事件は皮肉にも、やすし自身の転落への引き金ともなってしまいます。息子への世間のバッシングや芸能活動の自粛によるストレスから、やすし自身の酒乱やトラブルが再発し、やがて吉本興業を契約解除される事態へと繋がっていったのです。
少年院を出院後、木村一八は父に対して激しい反発心を抱くようになります。「天才漫才師の息子」という拭い去れない看板、そして自分と同じように酒と暴力で身を滅ぼしていく父の姿に、一八は強烈な苛立ちを募らせていきました。メディアでは二人の「絶縁宣言」や壮絶な親子喧嘩がセンセーショナルに報じられることになります。
しかし、関係者の証言によると、確執の根底にあったのは「あまりにも似すぎた父子の不器用な愛」でした。やすしは息子の復帰を誰よりも願い、一八もまた偉大すぎる父の才能を誰よりも認めていました。1996年1月、横山やすしが51歳の若さでアルコール性肝硬変により急逝した際、一八は無言の対面を果たし、父の遺影の前で涙を呑んでその魂を胸に刻んだと伝えられています。