佐助稲荷神社が全国的な「出世開運の社」として尊崇を集める背景には、鎌倉幕府を開いた初代将軍・源頼朝にまつわる劇的な旗揚げ伝説が存在します。
平治の乱で敗れ、伊豆の蛭ヶ島へ流罪となっていた若き日の頼朝。将来への不安を抱えていたある夜、夢枕に「かくれ里の稲荷」と名乗る老翁が現れ、平家討伐の挙兵を強く促すとともに、勝機となる時期を神託として告げたと伝えられています。この神託に従って兵を挙げた頼朝は見事に平家を打ち倒し、鎌倉幕府を開いて天下を平定しました。
頼朝は平家打倒を果たした建久年間、夢の神託への感謝を捧げるため、家臣の畠山重忠に命じて隠れ里の霊地を探し当てさせ、そこに社殿を建立したのが佐助稲荷神社の始まりです。「佐助」という社名も、かつて頼朝が右兵衛佐(うひょうえのすけ)の官位にあったことから「佐殿(すけどの)」と呼ばれており、その「佐殿を助けた稲荷」に由来しています。
流刑人の境遇から征夷大将軍へと一気に駆け上がったこの歴史的偉業こそが、佐助稲荷神社を単なる商売繁盛にとどまらない「再起」「大願成就」「出世開運」の象徴たらしめている決定的な根拠です。