情報が氾濫するWeb上には、殺し屋シリーズに関して誤った先入観がしばしば流通しています。ここでは読者が抱きがちな2つの誤解を正します。
誤解1:「連続ドラマのように前後関係がガチガチで、1作読まないと話についていけない」
これは明らかな誤解です。伊坂幸太郎は各巻の執筆にあたり、「本作から初めてシリーズに触れる読者でも完全に物語を追えること」を徹底して意識して構成しています。登場人物の背景説明や世界のルールは作中で自然に提示されるため、途中の巻から読んだとしてもストーリーが破綻することはありません。過去作の要素はあくまで「知っていると喜びが倍増するボーナス要素」として機能しています。
誤解2:「映画『ブレット・トレイン』を観ていれば『マリアビートル』は読まなくていい」
ハリウッド映画『ブレット・トレイン』は、原作『マリアビートル』をベースにしつつも、デヴィッド・リーチ監督の手腕によって80年代アメリカン・アクション映画のようなネオン輝く痛快アクションへと大胆に翻案されています。
原作小説の魅力は、派手な大立ち回り以上に「なぜ人を殺してはいけないのか」という倫理的な問いかけや、王子という中学生が振りかざす冷徹な悪意、登場人物たちの内省的なモノローグにあります。映画が「動のエンタメ」であるならば、原作は緻密なロジックが渦巻く「静と動の心理ゲーム」であり、受ける感動の質は全く異なります。