「鰍」という漢字の成り立ちを理解するには、古代中国の漢字原典と、それが日本へ伝来した後の「国訓(日本独自の意味の割り当て)」という2つのステップに分けて考える必要があります。
1. 古代中国における「鰍」=泥の中に潜むドジョウ
漢字の構成要素を見ると、「魚」偏に旁(つくり)の「秋」が組み合わさっています。「秋」という漢字は、甲骨文字や篆書体において「作物を収穫する季節」であると同時に、収穫期に作物を食い荒らす「イナゴなどの昆虫」の形から派生した象形を含んでいます。また、旁の「秋(シュウ)」は「縮む」「小さく収まる」というコアイメージを持ちます。
古代中国の文献(『説文解字』など)において、「鰍」は「泥鰌(どじょう)」の短縮表記として作られました。冬眠に向けて泥深くに潜り、体を縮めて秋から冬を越す細長い魚の習性を表した文字だったのです。
2. 日本における受容と「カジカ」「イナダ」への転用
この漢字が日本へ伝来した際、日本人は自国の自然界に存在する「秋を象徴する魚」へと意味を再定義しました。
日本の淡水に生息する「カジカ」は、秋の産卵期になると清流の上流から中下流へと移動(降河)を開始します。川底の小石に隠れながら秋の深まりを告げるこの魚の姿に、当時の人々は「魚へんに秋」の文字を重ね合わせました。
同時に、沿岸部で暮らす漁民や食通たちは、春に生まれたブリの稚魚(モジャコ・ワカシ)が成長し、秋口(9月〜11月頃)に最も脂が乗って沿岸に大群で押し寄せる「イナダ」の姿に着目しました。「秋こそが最も美味しく、秋を代表する魚」として、イナダにも「鰍」の文字を当てたのです。