紅白歌合戦への連続出場を果たし、押しも押されもせぬトップ歌手の仲間入りを果たしたかに見えた尾形大作ですが、1990年代に入ると主要なテレビ番組やメディアから忽然と姿を消す事態となります。視聴者の間では「病気療養説」「引退説」など根拠のない憶測が飛び交いましたが、尾形大作が消えた理由の真相は、当時の芸能界特有の構造的摩擦に起因するものでした。
当時の芸能報道や関係者の証言を総合すると、最大の要因は所属事務所からの独立を巡る軋轢でした。昭和から平成初期の芸能界では、タレントや歌手が所属事務所の意向から離れて独立を画策することは最大のタブーとされ、業界内での興行や放送枠の確保において強い圧力を受ける構造が存在していました。過密スケジュールと自らが目指す音楽性の乖離に悩んだ尾形は、独立に向けて動き出したものの、旧態依然とした業界の慣習によって活動の場を大きく制限されることとなったのです。
また、これに加えて師匠である中山大三郎との関係性や、利権が複雑に絡み合う興行ビジネスのプレッシャーも重なり、尾形自身も心身の疲弊から一時期、中央の表舞台から身を引く決断を下しました。メディアから「消えた」のではなく、理不尽な芸能システムの渦中から自らの尊厳を守るために「距離を置いた」というのが、歴史的事実に即した正確な解釈です。