なぜ欠地王ジョンは最悪の君主に?マグナカルタ誕生の真相

なぜ欠地王ジョンは最悪の君主に?マグナカルタ誕生の真相

なぜ欠地王ジョンは最悪の君主に?マグナカルタ誕生の真相について知っておくべき 事実を厳選して解説いたします。

ジョンを語る上で欠かせないのが「欠地王」という不名誉な異名です。日本国内の解説書やネット上では「領土を失ったから失地王・欠地王と呼ばれた」と解釈されがちですが、原語である英語の「John Lackland(ラックランド)」および古フランス語の「Jean sans Terre」の成立過程を見ると、本来の意味合いは異なります。

父であるプランタジネット朝初代国王ヘンリー2世と、当時のヨーロッパ屈指の大領主であった王妃アリエノール・ダキテーヌの間には多数の男子が生まれました。末子として1166年に生まれたジョンに対し、すでに兄たち(若ヘンリー、リチャード、ジェフリー)へ主要な所領の分配が決定していたため、父ヘンリー2世が冗談交じりに「お前に分け与える土地がない(Lack-land)」と呼んだことが直接の由来です。

後にフランス王フィリップ2世との戦いに敗れ、先祖伝来のノルマンディー公領などを喪失した史実と重なった結果、後世において「領土を失った王=失地王」としての意味づけが上書きされ、定着しました。

山田 真由
著者

山田 真由

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