安藤美姫さんのスケート人生を語る上で欠かせないのが、世界的な名伯楽であるニコライ・モロゾフコーチの存在です。2006年のトリノ五輪での失意の後、アメリカに拠点を移しモロゾフ氏に師事したことで、彼女のスケートは劇的な変貌を遂げました。ジャンプ偏重から脱却し、情感豊かなステップやスピンを武器にするスタイルへと昇華させたのです。
しかし当時、二人の親密な関係性やプライベートは民放ワイドショーや週刊誌の格好の標的となりました。海外メディアが競技結果を称賛する一方、国内メディアは恋愛報道や私生活の一挙手一投足をセンセーショナルに報じ、彼女を取り巻く環境は激しいバッシングへと発展しました。
当時の報道についてスポーツライターは「日本のメディア空間が、十代後半から二十代前半の若い女性アスリートに対して過度なプライバシー侵害を行っていた典型例」と指摘します。激しいパパラッチの追跡や世論の批判を受けながらも、リンクの上で世界女王の座を奪還した彼女の強靭なメンタリティは、並大抵のものではありませんでした。