班田収授法をわかりやすく捉えるには、まず645年の大化の改新で掲げられた「公地公民制」という大前提を理解する必要があります。それまで豪族(豪族層)が私有していた土地(田荘)や民(部民)をすべて天皇・国家の公的所有へと再編し、国家が直接人民を把握して税を徴収する仕組みを目指しました。
この公地公民制を具現化する根幹として、701年の大宝律令などによって法制化されたのが律令国家の土地制度の中核である班田収授法です。制度の骨子は「戸籍に登録された6歳以上のすべての男女に対して、生活基盤となる田地(口分田)を与え、その人物が死亡した際には国へ返還させる」というものでした。
班田収授の手順は極めて緻密に設計されていました。地方官庁が6年ごとに「戸籍」を厳格に編纂し、それに基づいて田地を測量・再分配する計画経済モデルです。国家が人民に最低限の生産手段を保障する代わりに、国家運営に必要な米や特産物、労役を確実に回収するという、一見すると理想的な相互扶助システムに見えました。