一見すると完全なデタラメと狂気に満ちた『ギャグマンガ日和』の飛鳥時代編ですが、丁寧に読み解くと、原作者・増田こうすけ氏の「歴史的知識への深いリスペクトと、それをあえて裏切るセンス」が見えてきます。
例えば、「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」という有名な国書を隋に送った史実は、作中では「煬帝を怒らせて処刑されそうになるのを妹子になすりつける」というドロドロの責任転嫁ギャグに変貌しています。また、摂政としての執務風景は、単に書類仕事を嫌がって「誰が一番早く帰れるか」を競う不毛なゲームにすり替えられています。
読者の声やネット上のコミュニティ(5ch・X・各種レビューサイト)を検証すると、意外にも次のような意見が多数見受けられます。
「学生時代、日本史の授業で聖徳太子や小野妹子、煬帝、蘇我馬子の名前が出てきたとき、ギャグマンガ日和の顔とジャージしか浮かばなくなって困ったが、関係性だけは一発で覚えられた」
つまり、史実の骨組み(誰が誰を派遣し、誰と対立していたか)を忠実になぞった上で、肉付けとなる動機や人間性を徹底的に「くだらない俗物」へと反転させているため、パロディとしての切れ味が極限まで高まっているのです。元ネタを知っていればいるほど、「そこをそう解釈するのか」という二重の笑いが生まれる構造になっています。