四股名「若島津」の由来については、長年にわたりファンの間でも様々な解釈が語り継がれてきました。記録や当時の関係者談話によると、この名には明確な2つの意味合いが込められています。
まず「若」の文字は、二所ノ関一門の偉大な大横綱であり、師匠筋にあたる初代若乃花(二子山親方)をはじめ、部屋の有望な若手ホープに代々受け継がれてきた出世文字です。そして後半の「島津」は、出身地である鹿児島県(旧薩摩藩)の領主・島津氏に由来しています。南国・徳之島から上京し、角界の頂点を目指す弟子に対し、師匠が「薩摩隼人の気概を胸に土俵へ上がれ」と熱い期待を託して命名されたものでした。
精悍な顔立ちと褐色の肌、土俵上で見せる鋭利な立ち合いから、いつしかメディアやファンは彼を「南海の黒豹」と呼ぶようになります。当時としては珍しい細身のソップ型体型でありながら、強靭な足腰から繰り出される豪快な上手投げや下手投げは、重厚な力士が多かった大相撲界に鮮烈な新風を吹き込みました。