全国的なスターダムを駆け上がる前、彼女のキャリアは九州・福岡の地から始まっていました。福岡大学法学部に在籍していた学生時代、彼女は学問に励む傍らで地元の芸能事務所に所属し、九州朝日放送(KBC)の情報番組『アサデス。KBC』でお天気キャスターやアシスタントとして出演していました。福岡ローカルの放送でありながら、当時から「とんでもない美少女がお天気を読んでいる」とファンの間では知られた存在だったのです。
地方ローカル局で生放送の基礎とカメラへの立ち振る舞いを実践で学んでいた経験は、2007年にフジテレビへ入社した際、圧倒的なアドバンテージとなりました。一般的なアナウンサー志望者が東京のキー局に入社した直後、生放送独特のスタジオの空気に圧倒される中、生野アナは新人時代から抜群の度胸を発揮。原稿読みの基礎技術の高さと、想定外のハプニングに対する臨機応変なアドリブ対応力は、当時の現場チーフディレクターたちからも高く評価されていました。
関係者の証言によると、入社試験の最終面接において、彼女は華やかなアピールよりも「現場で泥臭くニュースを伝えたい」という実直なジャーナリズム精神を語っていたといいます。アイドル的なルックスに目を奪われがちですが、その根底には学生時代から現場の熱気と責任感を肌で感じてきた職人肌の矜持がすでに宿っていました。