どれほど年月が過ぎようとも、決して埋まることのない深い傷を抱え続けているのが被害者と遺族のその後です。突然の凶行によってかけがえのない我が子を奪われた両親たちの苦しみは、言葉を絶するものでした。
殺害された男性の父親は、事件直後から深い絶望の中で怒りと無念を訴え続けました。裁判において加害者側の弁護人が主張する「少年の未来」「更生の可能性」という言葉に、遺族は「奪われた命に未来はないのに、なぜ加害者の未来ばかりが守られるのか」と激しい悲痛の声を上げました。娘を奪われた女性の遺族もまた、精神的なトラウマと世間の好奇の目に苦しみ、家庭そのものが深刻な打撃を受けることとなりました。
被害者の父親はその後、同じように犯罪によって理不尽に家族を奪われた遺族らとともに、犯罪被害者の権利確立や少年法の見直しを求める活動に身を投じました。当時の刑事司法は、被害者やその遺族が法廷で心情を述べることすら厳しく制限されており、加害者の人権やプライバシーばかりが過剰に保護されていた時代でした。遺族たちの血のにじむような訴えは、その後の被害者参加制度の導入や、少年法厳罰化への大きな原動力となったのです。