富本銭と和同開珎、日本最古の貨幣論争で教科書が変わった衝撃の真相

富本銭と和同開珎、日本最古の貨幣論争で教科書が変わった衝撃の真相

富本銭と和同開珎、日本最古の貨幣論争で教科書が変わった衝撃の真相の注目されている理由を丁寧にまとめました。全体像を一目で把握できます。

インターネット上の掲示板やSNSでは、富本銭と和同開珎に関して極端な言説や誤解が散見されます。調査報道の視点から、代表的な3つの誤謬を検証・是正します。

誤解①:「富本銭が見つかったため、和同開珎の歴史的価値は失われた」
これは完全な誤りです。和同開珎が「日本初」の座を一部譲ったのは事実ですが、その歴史的価値が暴落したわけではありません。富本銭が畿内の限定された政治空間で使われた実験的色彩の強い貨幣であったのに対し、和同開珎は東北から九州に至る広範な出土例を持ち、国家が律令経済の根幹として本気で全国流通を試みたモニュメンタルな貨幣です。その後、平安時代中期の「乾元大宝(958年)」まで続く「皇朝十二銭(こうちょうじゅうにせん)」の起点となった金字塔であることに変わりはありません。

誤解②:「古代の庶民はみんな富本銭で買い物をしていた」
当時の庶民(農民)が日常的な市場で富本銭を使って米や塩を買っていたわけではありません。古代日本において、貨幣を必要としたのは主に都の官人や造営工事に従事する技術者、寺院建立の現場などでした。地方の農村部では、依然として稲や布による物々交換が日常経済を支えていました。富本銭は、あくまで国家中枢の限られた経済圏で動いていたエリート層の決済手段でした。

误解③:「富本銭が最古なら、無文銀銭は貨幣ではないのか」
ネット上では「無文銀銭こそが最古なのだから富本銭を最古と呼ぶのはおかしい」という極論も見られます。前述の通り、無文銀銭は貴金属としての「重さ」で価値を測る秤量貨幣の段階であり、国家の法制に基づく額面通用のコイン(名目貨幣)ではありません。「国家の鋳造意志を示す文字が鋳出された公鋳貨幣」というカテゴリーにおいて、富本銭が最古であるという位置づけは盤石です。

松本 悠斗
著者

松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。