2005年当時は、スマートフォンもSNSも普及しておらず、情報の拡散源は主にテレビ、新聞、そして写真週刊誌だった。それだけに、一度誌面に掲載された報道のインパクトは爆発的であり、当事者たちへの心理的圧迫感は現代のネット炎上とはまた異なる重圧を持っていた。
ゴシップが消費され、一般人の好奇心が剝き出しでぶつけられた当時の「狂騒曲」を振り返ると、メディアの過熱報道に対する問題意識が乏しかった時代の影が見える。しかし、そうした強烈なアゲインストの風を正面から受けて生き残った二人の存在は、平成のエンタメ報道が残した歪みと、そこから立ち上がった表現者の強さを物語っている。