2020年2月に全国公開された映画版『Red』は、豪華なキャスト陣の熱演とともに、原作小説からの大胆な脚色で文芸・映画ファンの間で熱い議論を巻き起こしました。小説と映画では、物語の着地点と演出の力点が明確に異なっています。
映画版のキャスティングは、村主塔子役に夏帆さん、鞍田秋彦役に妻夫木聡さん、同僚の小鷹淳役に柄本佑さん、夫の村主真役に間宮祥太朗さんという、日本映画界を代表する実力派が揃いました。間宮祥太朗さんが演じた夫・真の「悪意のない無神経さ」や、妻夫木聡さんが見せた病に侵されゆく男の退廃的な美しさは、映像ならではの圧倒的な説得力を誇示しています。
最大の違いは「雪の日のラストシーン」の解釈です。映画版では、吹雪の中で鞍田を乗せた車を運転する塔子の姿がハイライトとなり、ラストは鞍田を失った後、真っ白な雪原の一本道を真っ赤な車で走り去っていく塔子の横顔で幕を閉じます。映画はより寓話的かつシネマティックに、「すべてのしがらみを振り切って疾走する一人の女性の覚醒」を鮮烈なビジュアルとして切り取りました。
対する原作の中公文庫版『Red』は、はるかに生活に根ざした冷徹なリアリズムを貫いています。鞍田の死後、塔子が直面する離婚協議の泥沼、義父母からの冷酷な視線、そして手取りの給与でワンルームマンションの家賃を払いながら、疲労困憊してスーパーの総菜を食べるような「自立に伴う具体的な生活苦」が淡々と描かれます。映画が「脱出の瞬間」をドラマチックに切り取ったとするならば、小説版は「脱出した後の荒野を歩き続ける過酷さ」から目を背けずに描き切った点に、決定的な差異が存在します。