戦後日本政治の基盤を強引に創り上げた元首相・田中角栄。彼がこの地に入居して以降、自由民主党の派閥政治や国家級の重要政策の多くが、目白の応接室で決定されてきた。いわゆる「闇の将軍」として政界に君臨した時期、目白御殿へ通うことは政治家にとって出世の絶対条件であり、その影響力は永田町の党本部を容易に凌駕していた。
昭和政治史の金字塔とも言えるこの場所では、金権政治と批判される一方で、日本列島改造論をはじめとする巨大国策の構想が練られた。朝一番から集まる陳情団を自ら出迎え、矢継ぎ早に指示を飛ばす角栄の姿は、当時の権力機構そのものであった。