『呪術廻戦』の魅力を重層的なものにしているのは、主人公陣営のみならず、敵対する呪詛師や呪霊、呪縛に囚われたアウトサイダーたちのセリフが持つ強烈な引力です。
夏油傑の言葉は、完璧主義と高潔な倫理観が破綻した人間の脆さを克明に示しています。かつては「弱者生存」を説き、非術師を守ることを義務と捉えていた彼が、天内理子の死と周囲の醜悪な民衆を目の当たりにして発した「非術師(サル)を見下す自分も 否定する自分も どちらも本音じゃないのか」という自問。これは、心理学における認知的不協和とバーンアウトのプロセスを完璧にトレースしています。彼が選んだ「呪術師だけの世界を作る」という歪んだ大義は、決して肯定されるものではありませんが、過酷な現実に摩耗した真面目な人間が陥る罠として、痛烈な説得力を持っています。
一方、呪力を持たずに生まれ名門・禪院家から追放された伏黒甚爾は、自尊心の呪縛を体現しています。五条悟とのリマッチにおいて、生存のための合理的な判断を捨て「現代最強の術式を継ぐ者を否定し、禪院家の頂点をへし折る」という自尊心を選んで命を落としました。しかし、渋谷事変で降霊された際、自我を取り戻して対峙した息子・伏黒恵に対し、「禪院」ではなく「伏黒」を名乗ったことを確認して自決する間際に見せた「恵…よかったな」という言葉は、呪縛から解き放たれ父親としての心を取り戻した名シーンとして語り継がれています。
さらに、呪いの王・両面宿儺の哲学は、弱肉強食の世界における純粋な美学を提示します。渋谷の街を焦土に変え、特級呪霊・漏瑚を圧倒した末に放った「誇れ オマエは強い」というセリフは、読者に強烈な衝撃を与えました。一切の人間的情愛を持たない宿儺が、命乞いもせず純粋に強さを追い求めた漏瑚の存在を「強者」として認めた瞬間であり、残酷さと神々しさが同居する唯一無二の名台詞です。