太宰治の『人間失格』は、語り手である「私」が、ある女性から託された3冊の手記と3枚の写真をもとに構成されている二重構造(枠構造)の小説です。「はしがき」から「あとがき」に至るまで、主人公・大庭葉蔵の幼少期から青年期、そして破滅に至るまでの歩みが克明に綴られています。
文学史上の重要文献や作品テキストを精査すると、葉蔵の転落劇は明確に3つのステージに分かれています。大庭葉蔵の生涯を追いながら、物語の骨子を整理します。
【はしがき:3枚の写真が物語る不気味な違和感】
物語は、語り手の「私」が葉蔵の幼年時代、学生時代、そして白髪交じりの老人のように衰弱した時代の「3枚の写真」を目にすることから幕を開けます。幼年期の不自然な笑顔、学生時代の作り物の美男子ぶり、そして年齢不詳の生気を失った顔。どの写真にも、どこか人間離れした不気味さと異様さが漂っていました。
【第一の手記:幼少期の人間恐怖と「道化」という仮面】
東北の裕福な実業家の家に生まれた葉蔵は、幼い頃から周囲の人間が何を考えているのか理解できず、強い恐怖を抱いていました。父親の顔色をうかがい、家族や使用人たちに怯えながら過ごした彼が見出した唯一の処世術が「道化(おどけ)」を演じることでした。滑稽な失敗を演じて人を笑わせることで、人間からの攻撃を防ぎ、自らの恐怖心を必死に覆い隠していたのです。
【第二の手記:上京、悪友・堀木との出会い、心中事件】
東京の中学校から高等学校へと進学した葉蔵ですが、同級生の竹一に「お前、わざと転んだろ」と道化を見破られたことで戦慄します。上京後、画塾で出会った悪友・堀木正雄(ほりき まさお)から酒、タバコ、女、左翼運動(非合法運動)の手ほどきを受け、葉蔵の生活は次第に荒廃していきます。実家からの仕送りを浪費し、行き詰まった葉蔵は、銀座のカフェの女給・ツネ子と鎌倉の海で投身自殺を図ります。しかし、ツネ子だけが死亡し、葉蔵だけが生き残って自殺幇助の罪に問われるという致命的な事件を引き起こします。
【第三の手記:女たちとの同棲、モルヒネ中毒、そして精神病院へ】
実家から勘当同然の扱いを受けた葉蔵は、子連れの編集者・シズ子やスタンドバーのマダムらのヒモとなって転落を続けます。やがて、純真無垢で人を疑うことを知らないタバコ屋の娘・ヨシ子と出会い、彼女の無垢さに救われて酒を断ち、結婚生活を始めます。しかし、そのヨシ子が葉蔵の知り合いの商人によって暴行される(凌辱される)現場を目撃してしまい、葉蔵の「人間に対する最後の信頼」は完全に崩壊します。睡眠薬自殺の未遂、過度の飲酒、喀血、そして結核の苦痛から逃れるために手を出したモルヒネ(薬物)への重度の中毒へと突き進みます。最後は堀木や実家の手配によって精神病院(脳病院)へと強制収容され、廃人同様となって東北の寒村へ隔離されます。
【あとがき:マダムの証言と「神様みたいないい子」の余韻】
手記の終わりから数年後、語り手の「私」は、手記の預かり主である京橋のバーのマダムと対面します。マダムは葉蔵について問われ、「私たちの知っている葉蔵さんは、とても素直で、気が利いて、お酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも……神様みたいないい子でした」と回想し、物語は静かに幕を閉じます。