藤嶋のキャリアを語る上で欠かせないのが、度重なる故障禍との孤独な戦いです。特にプロ3年目となる2019年春季キャンプ中、右手の違和感から発症が判明した「血行障害」は、指先の感覚を奪い選手生命を直接脅かす重篤な試練でした。
一般的に投手の血行障害は、手のひらや指先に血液が届かず、冷えや痺れ、最悪の場合はボールを握る感触すら失われます。藤嶋はバイパス手術を決断。右手指の感覚をミリ単位で取り戻さねばならないリハビリ生活は、想像を絶する過酷さでした。当時の特番インタビューや手記において、本人は次のような生の心情を吐露しています。
「指先が冷たくなって、ボールを投げるのが怖いと感じた瞬間があった。でも、ここで投げ出したら支えてくれた全ての人に顔向けができない。もう一度ファンが待つナゴヤドーム(現バンテリンドーム)のマウンドに立つことだけを考えた」
リハビリ期間中に藤嶋が取り組んだのは、単なる患部の治療だけではありません。スポーツ科学と動作解析を取り入れ、肩肘に過度な負担をかけない新フォームへの移行を断行しました。さらにリリーフ専任への配置換えを受け入れ、1イニングに全エネルギーを注ぎ込む投球メカニクスを再構築。その後も肘の炎症や違和感で登録抹消を経験しながら、その都度コンディショニングを見直して復帰を遂げてきた背景には、故障と向き合う驚異的なレジリエンス(精神的回復力)が存在しています。