ネット上の掲示板やSNSでは「大久保利通が自らの権力欲のために西郷を陥れた」「二人は明治維新の後に憎み合っていた」という言説が散見されます。しかし、歴史学的な一次史料を検証すると、こうした解釈はまったくの事実誤認であることがわかります。
公文書および関係者の日記によれば、明治六年政変の前夜、大久保が西郷の屋敷を訪ねて深夜まで意見を交わした際、互いに激昂するどころか沈痛な沈黙が支配していました。大久保は維新の盟友のなかで、西郷の器量と魂の純粋さを誰よりも評価していました。勝海舟が『氷川清話』のなかで語った「西郷を動かせるのは大久保一人、大久保を動かせるのは西郷一人」という言葉通り、二人は互いを唯一無二のパートナーと認めていたのです。
また、「西郷が好戦的で侵略を望んでいた」という見方も明確な誤解です。西郷が危惧していたのは、廃藩置県や秩禄処分によって生活の基盤を奪われ、精神的支柱を失った40万人を超える士族層の絶望でした。急進的な欧米化の中で、日本の伝統的倫理観や武士道精神が急速に廃棄されていくことに耐えられなかった西郷は、自らの命を賭して精神的危機を救おうとしたのであり、領土的野心による開戦論者ではありませんでした。