竪穴式住居はなぜ掘るのか?地面を掘り下げた本当の理由と古代の知恵

竪穴式住居はなぜ掘るのか?地面を掘り下げた本当の理由と古代の知恵

竪穴式住居はなぜ掘るのか?地面を掘り下げた本当の理由と古代の知恵について知っておくべき 理由を厳選して解説いたします。

歴史の授業で「縄文=竪穴式住居」「弥生=高床式倉庫」という図式を並べて教わるため、「弥生時代に入ると人々は竪穴を掘るのをやめ、全員が高床の家に引っ越した」と誤認している人が少なくありません。しかしこれは完全な誤解です。

先述の通り、高床構造は貴重な稲穂を湿気や害獣から守るための「穀物倉庫」として普及したものであり、庶民の日常的な居住空間ではありませんでした。弥生時代はもちろん、古墳時代、奈良時代、さらには平安時代(9〜10世紀)に至っても、日本列島の一般庶民の大多数は依然として竪穴式住居に住み続けていました。

歴史書や遺跡発掘調査によると、東日本や東北地方では平安時代末期まで集落の主力を占めており、北海道の擦文(さつもん)文化圏や千島列島では、なんと中世から近世(鎌倉・室町・江戸期初期)に至るまで竪穴建物の系譜が受け継がれていました。鉄の農具や建築技術が一般農民に広く行き渡り、平地に頑丈な掘立柱建物を自力で建てられるようになるまで、大地を掘って暖を取る竪穴式住居は、1万年以上にわたって日本人の生命を守り続けた最も信頼性の高い住宅だったのです。

佐々木 一輝
著者

佐々木 一輝

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。