日常会話で親しまれる「やったー」の語源を文法的に分解すると、極めてシンプルな構造に突き当たります。基盤にあるのは動詞「やる(為る/遣る)」です。自らの手で行為を成功裏に終わらせた際、動作の完了を表す過去の助動詞「た」が接続して「やった」となり、その感情の高ぶりから語尾が引き伸ばされて長音化したものが、現代における感嘆詞としての「やったー」です。
国語学の文献や古典落語の台帳などを追跡すると、江戸時代後期の町人言葉にも「上手くやりやがった」「そいつは上手くやった」といった用例が頻繁に登場します。当時から「企てが成功した」「利益を得た」状況を指して「やった」と言い放つ口語文化は確かに息づいていました。ただし、江戸や明治の庶民が両手を突き上げて「やったー!」と叫んでいたかといえば、記録上はそうではありません。当時は「しめた」「ありがてえ」「しめたものだ」といった表現が歓喜の主流を占めていました。
「やった」という行為の完了報告が、純粋な歓喜の叫び声へと変貌を遂げた契機は、昭和の中期から後期にかけてのメディア黎明期にあります。とりわけ1970年代、テレビ番組や少年向け漫画、アニメーションの普及が決定的でした。代表的な事例として知られるのが、1977年に放送を開始したタツノコプロ制作のタイムボカンシリーズ『ヤッターマン』です。正義の味方が勝利した際の決め台詞「ヤッター、ヤッター、ヤッターマン!」というフレーズは、当時の子どもたちの間で熱狂的なブームを巻き起こし、感情をストレートに爆発させる合言葉として全国津々浦々のお茶の間に浸透しました。
動詞としての「やり遂げた(I made it / I did it)」という自己効力感の言語化が、大衆文化の拡散力と結びついたことで、古来の「万歳」や「しめた」を塗り替える国民的感嘆詞へと進化を遂げたのです。