ジャニス・ジョプリンが一躍時代のアイコンとなったのは、1967年のモントレー・ポップ・フェスティバルにおける圧倒的なパフォーマンスと、1968年のメガヒットアルバム『チープ・スリル』でした。しかし、熱狂の裏で彼女とバンドメンバーとの間には埋めがたい音楽的・実務的ギャップが生じていました。
マネージャーのアルバート・グロスマンによる戦略的助言もありましたが、最大のビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニー脱退理由は、ジャニス自身がよりタイトで洗練されたリズム隊と、ブラスを前面に押し出したソウル/ブルースの表現力を求めたことにあります。荒削りなサイケデリック・ジャムを得意とするビッグ・ブラザーのアンサンブルでは、彼女が思い描くオーティス・レディングやアレサ・フランクリン直系のダイナミズムを再現することが困難になっていました。
こうして1968年末、ギタリストのサム・アンドリューのみを旧バンドから引き連れ、ホーン隊やキーボードを加えた大編成のコズミック・ブルース・バンド結成の経緯へと至ります。1969年初頭にヨーロッパツアーを敢行し、同年8月には歴史的メガイベント「ウッドストック・フェスティバル」に出演するなど、過密日程のなかでアルバム制作が進められました。