夫である伊丹十三氏を失った後、宮本信子氏は計り知れない喪失感に直面しました。しかし彼女は、2007年に愛媛県松山市にオープンした「伊丹十三記念館」の館長に就任し、夫の遺品や功績を守る責任者として毅然と立ち上がりました。この過程において、2人の息子たちと宮本氏の間には、特別な信頼関係が結ばれています。
芸能界の家族関係においてしばしば問題視されるのが、親が子どもの仕事を過剰にプロデュースする「ステージママ文化」や、過干渉による精神的な共依存です。しかし、宮本信子氏の姿勢はそれらとは正反対でした。過去のインタビュー手記などでも、宮本氏は「子どもは一人の独立した個人。親が敷いたレールを歩かせる必要はない」というスタンスを一貫して語っています。
実際、池内万作氏が俳優としてデビューした際も、母のコネクションを利用することは極力避けられました。現場で万作氏が宮本氏と共演する機会があった際も、控室ではお互いにプロの役者として節度ある距離を保っていたというエピソードは業界内でも有名です。互いを甘やかすことなく、表現者としての厳しさを受け止め合うことこそが、伊丹家が実践した真の家族愛でした。