1987年の華燭の典。政界のプリンスと大財閥の令嬢という組み合わせは、世間から「完璧な政略結婚」とも「おしどり夫婦」とも称賛された。だが、結婚生活の扉を開けた彼女を待っていたのは、想像を絶する「跡継ぎへの期待」という無言のプレッシャーだった。
選挙区である山口県へ足を踏み入れるたび、後援会の重鎮や支援者たちから投げかけられる言葉は容赦がなかった。「跡継ぎはどうなっているんだ」「男の子を産むのが嫁の務めだ」。悪意のない期待ほど、人の心を静かに削り取るものはない。彼女は後に、周囲からのプレッシャーに対して「プレッシャーがまったくないと言えば嘘になる。自分を責めた時期もあった」と静かに振り返っている。
夫妻は密かに不妊治療へと踏み切った。痛みを伴う処置、幾度もの期待と失望の繰り返し。だが、治療の継続には心身の限界が伴う。ある段階で治療を取りやめる決断を下した際、彼女の背中を支えたのは夫である安倍晋三氏の「もういいじゃないか。子供がいなくても、二人で楽しく生きていけばいい」という、短くも揺るぎない一言だった。