1970年代初頭、彼女のキャリアは大きな転換点を迎えた。それまでの可憐なモデル風イメージを脱ぎ捨て、情熱的な歌謡曲スタイルへと一転させたのが、作詞家・阿久悠と作曲家・都倉俊一のふたりである。
「どうにもとまらない」の制作背景には、当時の歌謡界に風穴を開けようとする強烈な挑戦心があった。身体を大きく揺らし、全身で感情を解き放つパフォーマンスは、当初周囲から戸惑いの声も上がったという。しかし、阿久悠が放つ刺激的な言葉と、都倉俊一が紡ぐダイナミックなメロディ、そして山本リンダの野性味あふれる表現が見事に結実。続いてリリースされた「狙いうち」は野球の応援歌としても定着し、日本中の誰もが知る国民的大ヒット曲となった。