紀の善を語る上で欠かせないのが、幅広い世代にまたがるファン層の厚みです。古くからの神楽坂の文士や花街関係者、地元マダムたちに愛される一方で、2010年代以降は若年層のカルチャーアイコンとしても唯一無二の立ち位置を築いていました。
特に爆発的な動因となったのが、アイドルグループ・乃木坂46の楽曲『他の星から』(2013年リリース)です。歌詞中に「紀の善で あんみつ食べられれば それ以上の贅沢は望まない」というフレーズが登場したことで、MV出演メンバーのファンをはじめとする全国のリスナーにとって、神楽坂・紀の善は特別な「聖地」へと昇華しました。
閉店発表時、ネット上やファンコミュニティでは以下のような生の声が渦巻きました。
「乃木坂のライブ遠征のたび、一番に通った場所。あの曲を聴くたびに胸が締め付けられる」(20代男性・ファン)
「祖母、母、私と3代で通った思い出の店。抹茶ババロアのあの濃厚な苦味は、世界中どこを探しても見つからない」(40代女性・地元出身)
「経営が苦しいならクラウドファンディングでも何でも支援したかった。でも、お金の問題ではなく美学の問題だったと知り、何も言えなくなった」(30代男性・常連客)
ネットの反応を詳細に追跡すると、単なるスイーツショップの閉店を超え、「人生の記憶の拠り所を失った喪失感」を訴える声が圧倒的でした。多くのファンが店舗の公式SNSやグルメサイトに感謝の言葉を書き込み、営業終了から数年が経過した現在でも、命日ならぬ閉店記念日にはX(旧Twitter)などで追悼と追憶のポストが自然発生的にトレンド入りする現象が続いています。