蝉丸トンネルを取り巻く怪異の根底には、逢坂山が背負ってきた1000年以上の歴史的背景が色濃く反映されています。
逢坂関は、平安時代から「これやこの 行くも帰るも 分かれては 知るも知らぬも 逢坂の関」と詠まれた別れと出会いの象徴であると同時に、軍事・防衛の最前線として幾度もの戦乱や落武者の逃走劇が繰り広げられた血塗られた歴史を持ちます。また、盲目の琵琶法師として伝えられる「蝉丸」の哀切な生涯も、この地の神秘性を深める大きな要素です。
近隣の蝉丸神社(関蝉丸神社)には芸能の祖神や道中安全の神として篤い信仰が寄せられていますが、旅人の無念や逢坂の難所で命を落とした名もなき人々の記憶が、時代を超えて「幽霊の噂」という形で現代に語り継がれていると言えます。