『初冠』のクライマックスとなるのが、青年が即興で詠みかけた和歌です。この一首には、高度な修辞技法と鮮烈な心理描写が凝縮されています。
「春日野の 若紫の すり衣 しのぶの乱れ 限り知られず」という歌は、上の句が下の句の「しのぶ(忍ぶ/信夫)」を引き出す序詞(じょことば)になっています。春日野に自生する「若紫」で染めた布の乱れ模様合いを、胸の中で抑えきれずに乱れる恋心へと重ね合わせているのです。
ここで注目すべきは、「しのぶ」に「信夫摺り(福島県信夫地方の乱れ染め)」と「忍ぶ(恋心を耐え忍ぶ)」の掛詞(かけことば)が使われている点です。さらに「紫」は、古来より高貴さや美しい女性を象徴する色であり、奈良の旧都で偶然見かけた美しい姉妹を直接的に暗示しています。「あなたたちを見染めてしまい、私の心は乱れ染めのように激しく波打っている」という熱烈なアプローチが、見事な機知によって表現されています。