江戸っ子の性格を表す代表的なフレーズが「宵越しの銭は持たない(その日に得た収入はその日のうちに使い切る)」です。現代の感覚では「無鉄砲」「貯金ができない浪費家」と捉えられがちですが、この行動様式には当時の都市構造に根ざした行動経済学的な合理性が存在しました。
当時の江戸は「火事と喧嘩は江戸の華」と称された通り、極めて火災の多い都市でした。明暦の大火(1657年)をはじめ、数年から十数年に一度の間隔で市街地の大半を焼き尽くす大火事が発生していました。木造長屋に住む大工や左官などの職人階層にとって、家屋の中に貨幣や家財道具を溜め込むことは、一晩ですべて灰燼に帰すハイリスクな行為だったのです。
形ある財産を蓄えるよりも、自らの「職人としての腕(人的資本)」を磨き、仲間や近隣住民に酒や食事を振る舞って強固な人脈と信用(ソーシャル・キャピタル)を築くほうが、被災後の復興において圧倒的に有利に働きました。火事になれば大工や鳶職人の需要は爆発的に高まり、すぐに日銭を稼ぐことができたため、貯蓄を美徳とせず「今を生きる」ことに投資する生活防衛の知恵が「宵越しの銭は持たない」美学へと昇華したのです。
こうした都市環境は、江戸っ子特有の気質を形作りました。主な特徴には以下の点が挙げられます。
- 気が短く喧嘩っ早い:早合点でおっちょこちょいだが、争いごとを翌日まで引きずらない。
- 見栄っ張りで意地っ張り:金銭の多寡よりも「筋が通っているか」「野暮でないか」を最優先する。
- 情に厚く涙もろい:他人の困りごとを見過ごせず、お節介なほど世話を焼く。
- 「粋(いき)」を尊び「野暮(やぼ)」を嫌う:執着を見せず、身なりや立ち振る舞いをすっきりと洗練させる。