格闘技の試合を観戦していると、技が完全に極まった瞬間、さっきまで激しく抵抗していた選手が脱力し、レフェリーが慌てて割って入る場面を目にします。この現象は一般に「落ちる」と表現されますが、解剖学的には脳への血流遮断に伴う急性脳虚血と頸動脈洞反射が引き起こす失神状態を指します。
首の両脇には、脳へ酸素とブドウ糖を送り届ける主要幹線である「総頸動脈」と「内頸静脈」が走っています。相手の背後から上腕と前腕で首をV字に挟み込み、均等に強い圧迫を加えると、脳への血流は一瞬にして約80%以上遮断されます。脳は全身の中で最も酸素消費量が多く、血流停止に対して極めて脆弱な臓器です。酸素供給が途絶えた大脳皮質は機能を維持できなくなり、わずか5秒から8秒程度で意識消失に至ります。
さらに、頸動脈が分岐する部分に存在するセンサー「頸動脈洞」への強い圧迫も失神を加速させます。頸動脈洞は血圧を感知する受容器であり、外圧を受けると「血圧が急上昇した」と脳が誤認します。その結果、迷走神経を介して心拍数を急激に低下させ、血管を拡張させる指令が下るため、脳血流がさらに激減して急速な失神(血管迷走神経性失神)を誘発するのです。息ができない「窒息」で意識を失うには1分以上を要しますが、血流を止める絞め技が瞬時に決まるのは、この二重の生体ブレーキが作動するためです。